大判例

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福岡高等裁判所 昭和26年(う)90号 判決

控訴人 被告人 迫田安吉

弁護人 下尾栄

検察官 山本石樹関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役七月に処する。

大黒丸(福岡地方検察庁昭和二十四年押収第八九四号)黒砂糖千二百斤(山口栄造の保管に係る分)を没収する。

被告人から十二万九千六百円を追徴する。

原審の訴訟費用は被告人及原審相被告人大籔政義同溝部正秋の連帯負担とし当審の訴訟費用(国選弁護人水谷五郎に支給分)は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人水谷金五郎の陳述した控訴の趣意は弁護人下尾栄の提出した控訴趣意書記載の通りであるから茲にこれを引用する。

控訴趣旨第一点に付て。

原判決は証拠調を経ない書証を援用して犯罪事実を認定した違法があるというのである。よつて本件記録を精査するに原判決に挙示してある原審の第一回公判調書の原審相被告人大籔政義、同溝辺正秋の各供述記載部分は本件公判調書中これが証拠調をした事跡のないこと所論の通りである。たとえその余の証拠によつて判示事実を認定することができるとしても苟も証拠調をしない書証を証拠として綜合判断に供した以上原判決に影響を及ぼすものと認めるのが相当で訴訟手続は違法である。論旨は理由がある。原判決は破棄を免れない。

控訴趣旨第二点に付て。

原判決挙示の証拠(但し第一回公判調書中原審相被告人大籔政義、同溝辺正秋の供述記載を除く)を綜合すると原判決判示事実を認めることができる。就中検察事務官山本弘芳作成の溝辺正秋の第一回供述調書(特に第六項以下)検察事務官楠正次郎作成の被告人の第二回供述調書(第一項乃至第七項)第三回供述調書(第一項乃至第五項)を綜合すると被告人に於て昭和二十四年六月十四日頃奄美大島に於て名域某、実某、元野某外数名と相談の上判示黒砂糖(被告人等が各自親戚から貰い受けたと称する約六百斤を除く)作業衣等を判示大黒丸に積み込み判示日時判示若津港に陸揚げした事実を認めることがで来るから原判決に事実の誤認はない。論旨は理由がない。

控訴趣旨第三点に付て。

記録を精査して見ると原審の刑は稍重すぎるように思われるので原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

控訴趣旨第四点に付て。

然し原審証人山口栄の『自分は菓子製造業を営んでおり昭和二十四年六月二十六日頃黒田三郎吉から黒砂糖正味千五百斤を一斤三百六十五円で買受けた、同人は種ケ島から持つて来た砂糖て証紙もはつてあるから決して怪しい品物ではないと申した。黒田が自分の家まで運んで来てくれたが証紙がなかつたので黒田に尋ねると後で直ぐ持つて来ると申された黒砂糖はボール箱とか木箱とかいろいろなものに入れてあつた』旨の供述によると被告人に於て右黒砂糖を買受けた当時、売主黒田三郎吉の言分と証紙のはつてないボール箱、木箱等いろいろ容器に砂糖を入れてあつた事実等を比較し、右黒田の「砂糖は種ケ島から持つて来た」との言の信用出来ないこと、ひいて右砂糖は北緯三十度以南の地域から税関の許可を得ず輸入されたものではないかと感ずいたものと推認することがで来る。原審公判に表われた証拠によつては山口栄が右黒砂糖を買受けた当時善意であつたと認めるに足りない。原判決に事実の誤認はない。右黒砂糖千二百斤を没収した原判決は正当である。

本件密輸入に係る砂糖一万二千斤につき被告人に共犯者としての責任があることは前記の通りであるから没収することので来ない黒砂糖一万八百斤につき原価一斤十二円(検察事務官作成の被告人の第二回供述調書中の記載による)の割合による合計金十二万九千六百円を被告人から追徴する旨の原判決は正当である。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条に則り原判決を破棄しなほ記録に基いて直ちに判決することがで来ると思はれるので同法第四百条但書に則り次の通り自判する。

当審の認定した事実は原判決書摘示事実の通りであるから茲にこれを引用する。

右事実は原審で取調べた証拠中

一、大蔵事務官今泉寿一作成の差押目録(昭和二十四年八月二十日付)

一、大蔵事務官大鶴龍作成の差押目録二通(同年八月十二日付)山口栄造作成の保管証

一、司法警察員平田進作成の差押調書及押収品目録(各謄本)

一、司法警察員古賀信雄作成の差押調書及押収品目録(各謄本)

一、司法警察員阿志賀彦太郎作成の鑑定報告書二通

一、第三回公判調書中証人下川好人、宮原初次郎、山口栄の供述記載

一、第五回調書中証人江原清、中村康義の供述記載

一、第七回公判調書中証人大黒克視、永淵清、城島彦四郎、黒田三郎吉の供述記載

一、第九回公判調書中証人下川好夫、福島朝一の供述記載

一、検察事務官楠正次郎作成の下川好夫の第一回及び第二回の各供述調書

一、副検事上原秀雄作成の佐野四郎の第一回供述調書

一、検察事務官楠正次郎作成の被告人迫田安吉の第一回乃至第四回供述調書

一、検察事務官楠正次郎作成の大籔政義の第一回供述調書

一、検察事務官権藤利光作成の大籔政義の第二回供述調書

一、検察事務官山本弘芳作成の溝辺正秋の第一回供述調書

を綜合してこれを認める。

法律に照すに被告人の判示所為は裁判時法によると昭和二十五年法律第十七号第七十六条第一項昭和二十三年大蔵省令第五十九条に該当し行為時法によると昭和二十三年法律第百七号第七十六条第一項昭和二十三年大蔵省令第五十九号に該当するから刑法第六条に則り軽い後者の刑を適用処断することゝしその所定刑中懲役刑を選択しその刑期の範囲内で被告人を懲役七月に処し押収に係る大黒丸(福岡地方検察庁昭和二十四年押収第八九四号)及黒砂糖千二百斤(山口栄造の保管分)に付ては関税法(昭和二十三年法律第百七号)第八十二条第一項第二項を適用してこれを没収し判示密輸入に係る黒砂糖一万二千斤中右没収したもの一万八百斤は没収することがで来ないから同法第八十三条第三項を適用し原価一斤につき金十二円(前記被告人の第二回供述調書中の記載に基く)の割合による金十二万九千六百円を被告人から追徴すべきものとし原審の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条に則り全部被告人及原審相被告人大籔政義、同溝辺正秋の連帯負担とし当審の訴訟費用(国選弁護人水谷金五郎に支給分)は刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り全部被告人に負担させることゝし主文の通り判決した。

(裁判長裁判官 仲地唯旺 裁判官 青木亮忠 裁判官 藤田哲夫)

弁護人下尾栄控訴趣意書

第一点、原判決は証拠調を経ない証拠を採用して事実認定の資料とした違法があり刑事訴訟法第三百七十九条により原判決は到底破毀を免れない。即ち原判決は1乃至11の証拠を綜合して被告人等の犯罪事実を認定しているが、右証拠の中11の「当審の第一回公判調書中の被告人大籔政義溝辺正秋の各供述記載」は原審公判廷でこれが証拠調を履践した事蹟の認むべきものがない。而して原判決は前記1乃至11の証拠を綜合して認定の犯罪事実の心証を構成したものであることは多言を俟たないので右証拠の一について未だ証拠調を履践しない場合、訴訟手続に法令の違反あり且判決に影響を及ぼすことが明かであるので原判決は破毀されるべきものと思料する。

第二点、原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある。即ち、被告人はその兄弟と共に国外である奄美大島から黒砂糖六百斤を輸入したのに過ぎないのであつて、原判決挙示の証拠によつては被告人が原判決認定のようにその外に黒砂糖一万千四百斤及び衣料品等を密輸入したことを認め得ないばかりでなく、却つて右の衣類並に黒砂糖は他の荷主が輸入したことを肯認することができるので原判決は事実誤認の譏を免れない。

第三点、仮に原判決に上述の瑕疵がないとしても原判決の刑の量定は不当である。即ち、全記録によつて明らかなように、一、被告人は従来、善良な国民として何等の非難を受けず勿論前科なく警察等で取調を受けるのも今回が始めてであること。二、被告人当初航海の目的は鹿児島県薩摩半島南端に近い中継貿易港口ノ恵良部島行きであつて(積込燃料の分量)、同島で鹿児島県内産出の黒砂糖類を買入れて戻ることにあつた。然るに被告人が同島に到着しても目的の品物を入手することができなかつたので、更に種ケ島に向う途上、暴風雨に遭遇して漂流し、且つ機関に故障を生じて悪石島に着いたのであるが、既に燃料を費消し尽していたため、止むなく補給に最も容易な奄美大島の徳ノ島に向い、燃料補給の上、出発地(若津港)に立戻る際、被告人が本件貨物を帯同したものであること。三、被告人が長期に亘つて未決勾留の苦痛を嘗めていること(原審で昭和二十四年十月三日から同年十二月二十九日まで五十八日間第一審判決言渡の昭和二十五年十一月三十日から今日迄既に八十五日間――保釈保証金調達不能で出所ができない――)。四、十二万円に近い追徴金を科せられていること。五、被告人に再犯の虞が全然ないこと。等を彼此考慮すれば、被告人に対し体刑の執行を猶予されるのが適当と思料する次第である。

第四点、附加刑の不当について。即ち黒砂糖千二百斤(山口栄造保管の分)の没収は勿論追徴金額も不当である。即ち、先づ没収の点について、原判決は「山口栄が右黒砂糖取得当時善意であつたことを認むることができない」として関税法第八十三条第二項に則りこれを没収しているが山口栄は原審公判廷で証人として 問、証人は昭和二十四年六月頃黒砂糖を買つたことはありませんか。答、はい、あります。問、その黒砂糖は誰からどれ程買いうけましたか。答、昭和二十四年六月二十六日頃だつたと思います、黒田三郎吉という人から正味千五百斤程の黒砂糖を買い受けました。問、黒田三郎吉から証人が黒砂糖を買い受けたときの模様はどうでしたか。答、黒田三郎吉という人が私の家え黒砂糖の見本を持つて来て買わないかと申したそこでいくらですかと黒田三郎吉という人え尋ねましたところ一斤二百八十円と申されましたのでそれは高いと私が申しました処いくらなら買うかと黒田さんが私に尋ねましたので二百六十円なら買いましようと私が申しましたところそれでよいからと黒田さんが申されましたので結局黒砂糖一斤二百六十円にて買うやう話が決定したのであります。問、その黒砂糖は何処から持つてきた物であるか黒田三郎吉は申しませんでしたか。答、種ケ島より持つて来た砂糖で証紙もはつてあるから決して怪しい品物ではありませんと黒田三郎吉という人は申されました。問、黒砂糖は証人の手に入りましたか。答、はい、黒田さんが私の家まで運んで来て呉れました、然し証紙がありませんのでしたので黒田さんえ尋ねました処自分の家えあるから後で直ぐ持つてくると申されました。問、黒砂糖はどんなものに入れて来ましたか、答、ボール箱とか木箱とかいろいろなものに入れてありました。問、金は支払いましたか。答、昭和二十四年六月二十八日頃支払つたと思います。(第三回公判調書一〇二丁)と供述し右黒砂糖買受け当時、山口栄は種ケ島産であることを確信していたということが明瞭であるばかりでなく又売主の黒田三郎吉も 問、証人はその黒砂糖をほんとに種ケ島ものと思いましたか。答、はい、う思いました。問、ところがその品物は奄美大島のものだつたのですが。答、それはこの事件後わかりました。問、その前そに分つていたのではないのですか。答、いいえそうではありません。(原審第七回公判調書一七三丁)と証言し同人も又善意で右黒砂糖を取得したことを確認し居られるので、山口栄は勿論、その前者黒田三郎吉が夫々、善意で取得したことは多言を要しない(全記録によるも山口栄並びにその前主黒田三郎吉が取得当時悪意であつたことを疑うべき余地はない)ので原判決が右黒砂糖千二百斤を没収したのは不当である。次に被告人は黒砂糖六百斤を密輸入したに過ぎないので(第二点)被告人に一万二千斤の責任あることを前提とする追徴金額の不当なること勿論である。

以上の諸理由により原判決を破毀さるべきものと思料する

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